東京オリンピックロゴの盗用問題について思う


身長182cmという体格に恵まれながら、
運動オンチのCD佐藤です。

運動会はトラウマでしかなく
少年野球をやって以来、
スポーツは全く無縁です。

オリンピックにも
あまり興味・関心がないのですが、、、

スポーツとは
まったく関係のないところで
盛り上がってしまっていて、
関心を持たずにはいられない。

広告を制作している身として、
同業の佐野研二郎氏の
ロゴ盗用問題は、
他人ごとではありません。

そもそも広告制作の現場では、
広告のアイデアを考える際に、
国内外、過去の広告を片っ端から参考にして、
映画を見て、アートを見て、デザインを見て、
アイデアの断片を探します。

その断片を膨らませ、アレンジし、
再構成することで、
新しいものを生み出していく、、、
ということを、
すべてのグラフィックデザイナー&
コピーライターは、
日々仕事としてやっているのです。

そこから生まれた
新しいアイデアは、
100%オリジナルではないながらも、
「改良的想像力」と呼ばれる
クリエイティブな産物となります。

そして、まったくのヒラメキや
インスピレーションによって
天から降ってきたかのように生み出されたものを
「独創的想像力」とよびますが、

これは、
いわゆる芸術家や詩人、作家といった、
世に名を成す、一部の天才だけに与えられた
能力によって成されるもので、
よほどの天才でなければ、
「改良的想像力」に頼るしかないのです。

だからといって、
「改良的想像力」よって
生み出されたものが創造性のない、
独自性のないものなのかといったら、
そういうわけではなく、

やはり考え抜かれた末に生まれた産物として、
少なからず、作った人の個性が宿っています。

そして、
月並みな言い方ですが、
結局その創造物の評価は、

良いものは良い。

悪いものは悪い。

というだけのことなのです。

東京オリンピックのロゴが
好意的に受け入れられなかったのは、
単純に佐野研二郎氏のロゴが
そもそも良くなかったことが問題なのです。

途中で問題が“盗用”に
すり替わってしまいましたが、
“今”の大衆に受け入れられない、
時代ハズレのデザインが選ばれてしまった

ということが、
今回のロゴ問題の本質です。

1964年の
東京オリンピックのポスターを
“日の丸のパクリ”
とは、誰もいわないですよね。

しかも、その後次々と発覚した、
アイデアの断片を
膨らませ、アレンジし、
再構成することなく、
そのまま盗用してしまった
「改良的想像力」ではなく、
改良も想像もしていない
デザインの数々。

広告制作者として、
絶対に犯してはいけない
致命的な盗作行為。

アートディレクターとして
二度と陽の目を見られない・・・

ハズなのですが、
コネが強い広告の世界、

きっとまた
ほとぼりが冷めた頃、
図々しくもたくましく、
仕事をはじめることと思います。

私もできる限りしたたかに
この業界にしがみつき、

「改良的想像力」を駆使しつつ、
いつしか「独創的想像力」による
仕事を生み出したいと思っています。

と思いつつ、27年もの月日が…